【学校1 算数】
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最近ZOOMを通じて様々な立場の方とお話しする機会が増えてきました。
様々な立場で様々な地域で、様々な年齢の方々と繋がる事でできました。
そこで話題になるのが学校の事。
「ひとつのおさらにりんごが3こ、それが7さらあったら、りんごはぜんぶでなんこでしょう」
小学校2年生の算数の問題です。
7×3=21 との答えは、×です。
正解は
3×7=21 この式なら〇です。
21この答えは、全部で何個でしょうの問いに対しては〇だと
思うのですが、このお子さんがもらったのは、×です。
文章問題の文章に対する読解力が×なのかな。
私は21こがあってるからいいじゃないの・・・って思うんだけれど私のこの考え方は、学校的にはNGなのよね。
習ったばかりの九九ができればOKにしてあげてほしいと思うのは甘々な考え方なのでしょうか?
これは、友人のばぁば仲間の話。
彼女は、かわいい孫が一生懸命出した答えだと思ったから、
「×なんて関係ない!もういっぱい、いっぱい孫褒めまくった~」
って、私と同じ孫に甘々のばぁば仲間は言っていました。
私は私自身学校は好きじゃなかった・・・けど、行くべきところみたいな感じて行っていた。
今やってる勉強がどう将来に繋がっていくのかが分らなかったし、授業がおもしろいと感じた事がなかった・・・・勉強ができない人のいいわけだけど・・・・。
なにか将来の目的が見えていて、それにはこの勉強とこの勉強が必要だよ・・・・みたいな感じだともう少し勉強に興味が沸いたかもしれない。
読書感想文が特に私は苦手だった。
学校で出される課題図書が全くおもしろくない。
しかも、感想文の答えが決まっている。
「この本の内容は全く興味をひかれませんでした。」
みたいな感想文は、書いたことないけど、書いたらきっとNGだっただろうなぁ~。
娘が中学生の時に書いた感想文が、私的には本当におもしろかったのに、書き直しさせられたのを覚えている。
感想文を書き直している娘を見て、こうやって個性をつぶしていくんだろうなぁ~なんて思った。
書き直している娘自身も、なぜ自分が書き直しさせられてるのか
わからないまま書き直しを言い渡されているので、どう書いたら書き直ししなくていいのか、四苦八苦していた。
どう書いたら書き直ししなくていいのか、と思う時点でもう読書感想文ではなくなっているよね。
読書感想文って、その人が感じた思いを自由に表現する事が重要なんじゃないのかなぁ~と、思うのです。
小学校2年生のお孫ちゃんも、ただ×じゃなくて、なぜ×になったのか先生が本人が分るように説明してくれればいいのに、って思う。
読書感想文も、先生が説明していれば、なぜ自分が書き直しさせられているのか娘もわかったと思う。
学校は道徳教える前に、生徒、児童に伝わるコミュニケーションを心がけてほしいのです。